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2018年2月

2018年2月 5日 (月)

日記:こんな日が自分にも来た

日記:こんな日が自分にも来た

「形あるモノはいつか壊れる」
頭ではわかっていてもいざそうなるとびっくりし、あわてふためく。
昨日までずっとなんともなかったのだから本当に困る。
そんな状態になってかれこれ2ヶ月、やっぱり異常と言うか壊れたようだ。

足の右ひざに痛みが走り、普通に歩けない状態が続いている。
ひざを動かしている部位のどこかが磨り減ってしまったのだろう。
刺すような痛みがくるので歩くときは慎重になる。
痛みが走ると、右足全体がカクンとなりよろけてしまう。
右足を軸足にできないので、階段の下りなどでは左足だけでつないでいく。

そのうちなんとかなるだろうとはじめは思ったのだが甘かった。
湿布したりサポーターも使ったが痛みを多少散らすだけのようだった。
ただ、不便な状態に慣れてきて慎重でありさえすればなんとかはなる。
ということで未だに医者へはかかっていない。

困るのは日常生活のかなりの部分と、散歩や山歩きができないこと。
調子のよさそうな時に軽い散歩だけはおこなっている。
山歩きは一度、標高差の少ない西尾の里山の万灯山へ行った。
生きものふれあいの里から山へ向かう。
Dsc05640

山頂まではなんとかなったが、標高差50mの下りが大変だった。
Dsc05658


一般論として山歩きでは、ひざの痛みや故障が多いらしい。
だからふだんから準備運動をきちんと行い、ストレッチをかかさなかった。
時間ごとに屈伸とひざ回しをきちんとするのも自分のルーティン。
はじめは調子がわるくても少し歩くと治まるのがいままでだった。
だから、自分のひざに痛みがあらわれて途方に暮れている。

なんとかならないまま右ひざをかばうので、歩き方が変ってしまったようだ。
少しの時間歩くだけで、反対側の左足が鉛のように重く感じる、とか。
両足の筋力が目に見えて衰えた、とか。

右ひざの急変に対して、ずっと心が追いつかないでいる。
すりへりの磨耗なら歩きすぎだし、普通に年齢からくる単なる老化なのか。
でも、こんな日が自分にも来たらしい、ということ。
今まで何もなかったのは、単に運が良かっただけだった。

そんな鬱屈した日々の今日。
仕事先で車を停め、いつもするようにドアミラーを格納した。
左右ともに納まったのに、右側からずっとモーターの回り続ける音がする。
いろいろといじってみても変らず、モーターのうなるような空回り音が続く。
右側のドアミラーこと「アウトリヤビューミラー」の故障、のようだ。
エンジンを切れば音はしないが、動かすとずっとうるさく空回りしている。

数日前に9年目の車検を受けたK社に持って行く、そのうるさい20分間の長いこと。
K社では、部品の磨耗なのでそっくり交換とのこと、ただ料金は4万円と。
でも朗報、スズキではその部位の保証期間が3年から10年間に変更されたとのこと。
適応範囲ということで、スズキの直販店を紹介してくれた。
K社から直販店への移動時間の20分間もうるさい音を聞きながら、でも。
スズキの直販店の対応はなるほど丁寧で、右だけでなく左も無料交換するとのこと。

この社会が信用と安心の保証で成り立っていることを教えてくれた。
最近は裏切られることがはびこっているので余計にそう感じる。

そういえば今の自分の仕事、バイトだけど火災報知機の交換をしている。
Dsc05342

マンションやアパートの各部屋に法律で設置が義務付けられてから10年。
交換時期が来ているので機器をまるっと取り替えている。
電池だけの交換でも理論上いいのだが、機種の劣化を考慮してのこと。

その10年前の火災報知機だが、10年を経てもきちんと作動している。
当たり前のことといえばそうだが、保障期間の10年を正常に保っている。
いったい10年間もつという電池ってどういう構造なんだろう。
でもそれだってあと数日とか数年である時突然、切れて作動しなくなる。
その日は、どんな風にくるのだろう。

火災報知機の機械部分、基盤にしたところでどうなんだろうか。
煙や火災を探知しないで何もされないまま10年間をじっとそのままでいる。

これが不思議、というかこの機械の肝心なところ。

普通の電化製品は使わなければどんなものでも壊れてしまう(動かなくなる)。
ステレオでもカメラでもなんでも、故障するでもなく動かなくなってしまう。
部品のコンデンサーに通電しないと劣化して働かなくなるというのが主らしい。
火災報知機はその逆を行くのだから、逆転の発想の産物というのだろうか。

そして火災報知機にも当然のように、作動しなくなるその日はやってくる。
電池でも機械でも寿命があり、働か(動か)なくなるときが必ず来る。
その境界やきっかけはどんな風なんだろう。
みんなその日をどんな顔して迎えるのだろう。

うつらうつら、外してきてまだ正常に作動するたくさんの火災報知機を前に、
処分するなら当然それらは産業廃棄物あつかいになるのだけれども、
分解して、せめてプラスティック部分は資源ごみに、とか考えている。

機械も資材も生身の体も、寿命があり、身の振り方を考えないと・・・。

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