音楽

2013年2月18日 (月)

映画『フラッシュバックメモリーズ3D』

映画『フラッシュバックメモリーズ3D』
 監督 松江哲明
 出演 GOMA & The Jungle Rhythm Section

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『ディジュリドゥ奏者のGOMAは、
2009年11月26日、首都高速で追突事故に遭遇した。
多くの過去を無くし、新しい記憶を維持することが困難な
MTBI(軽度外傷性脳損傷)と診断される。
GOMAがリハビリ期間を経て徐々に復活する過程を、
スタジオライブの模様と過去の映像を交え、
全く新しい形の3D映像で、GOMAの内面に迫る。』

松江哲明くんファンなのにこんなに遅く今頃観て、深く反省。
その結果、ふだんとはまるで異なるほとんど若者で満員の客に驚く。

ミニシアターでは初の3Dだそうで、自分も初めて3D眼鏡をかけた。
擬似的にでも遠近感がある、というのは新鮮な感覚である。
ただ、近視乱視眼鏡の上に3D専用眼鏡だから疲労はずしんとくる。
ドキュメンタリーであり、時間系列のあれこれを文字で説明する。
手前に浮き出たその文字を必死に読むのだから、字幕よりきつい。
でも、映画のほとんどは音楽なので、耳に3Dは関係ない(?)
というか、この音楽がすごかった。

ディジュリドゥというオーストラリア原住民アボリジニの楽器だが、
オーストラリアを訪れた時、土産物屋で何度も眼にしている。
楽器というより美術工芸品としての美しさで惹かれるものがあるが
あの大きさだから持って帰るのは大変だとあきらめていた。
それ以上に、どんな音が出るのか、簡単にふけるのか不安もあった。
そのディジュリドゥの音について、この映画で初めて耳にした。
手を出さなくてよかった。
原始的というか、かなり単純なモノで
メロディーラインを美しく奏でる楽器ではなさそうだ。
アボリジニがあれをどのように使っていたのかは分からないが
GOMAの使い方、解釈には感心した。

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彼らが奏でる音楽は、ほとんどがパーカッションで成り立っている。
このパーカッションのThe Jungle Rhythm Sectionがすごい。
彼ら三人の掛け合いだけで十分に迫力があり、盛り上がれる。
その中にディジュリドゥのうなるような音が絡みつくのだが、
それはうなりであって、決してメロディーではないので目立たない。
だけどグループ全体でうねりが生じた時、圧倒的なモノができる。
それはGOMA自身の身体からほとばしり出てくる感じだ。
彼の手がくねくねくるくる動くそれら全てが連動している。

このグループは全員、余分な脂肪などない研ぎ澄まされた肉体で
それこそ修行僧ともヨガの探求者みたいなものなのだ。
自分たちの求める音への探求者なのだから当然ではあるが。
リズムを刻み、追いつめられていく、そのたまらない緊張感。
どんどん加速し、がーっとエネルギーを解放する。
本当に、圧倒される。
でもGOMAを見ると、平然として菩薩のようなのだ。

もちろん、音楽映画だけではない。
なにしろ音楽だけならライブでよく、松江哲明くんの出番はない。
このライブテープとGOMA自身の事故前と事故後の描き方だ。

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記憶は不変ではない。
だれだっていい思い出、悪い記憶はあるし、忘れることも多い。
覚えてなきゃならないことでも、ふと忘れていて困ることも多い。
これは他人事ではなく最近、富みに自分自身の身に起こっている。
アルツや認知症がすぐそこまで来ていて、もうその中に入っているかも知れない。
GOMAの今は、すっかりその中なのだ。
過去の写真、日記、周囲のみんなの記憶が、本来共有できるのに、
GOMAの記憶回路に接点がなくなっているから、不能なのだ。
だったら形で残せるモノとして、複層的に記録するしかない。
接点を造りだし、きっかけを作る。
そのひとつの方法を映像にすると3Dになったのかな。

それにしても、映画でも音楽でも、
最近の若いのは囚われないからすごい、まいった。

お勧め度は ★★★★★  シネマスコーレにて

この日は松江哲明特集上映の日で、
『前略、大沢遙様』と『童貞。をプロデュース』も見る。
『フラッシュバック~』の流れでそのまま残ったみなさん。
若い娘さんも結構いて、明るくAV作品が観られてよかったかも。

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2012年1月20日 (金)

映画『トーキョードリフター』

映画『トーキョードリフター』

監督 松江哲明

音楽 前野健太

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『2011年5月。東日本大震災後、ネオンが消えた東京の街。

降りしきる雨の夜をミュージシャン前野健太が歌い、叫び、さすらってゆく。

濡れたアスファルトに、ありったけのユーモアとペーソスを刻みつけながら、

新宿、渋谷、そして街の外へー』

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ぼそぼそとした人の声だけが聞こえる暗い場面から映画は始まる。

前作『ライブテープ』はワンカットで次になにが起こるか予測できない緊張感があった。

今回は、雨の日の街頭ライブ、これだけで湿っぽくなる。

ギターが濡れる、これだけで落ち込む。

だれを相手に歌うのか、こんな日はみんな急ぎ足だ。

最近は、ストリートミュージシャンなど珍しくもないし、とにかくみんな忙しいのだ。

それでも前野健太はしっかりと歌う。

決して声高に主張を叫ぶのではない。

分かりやすいことばをつなぎながら自分の日常をきれいなメロディーにのせて歌う。

傍らを無表情に通り過ぎる人の生活を思いながら、

自分の生活から生まれた歌を流していく。

ラーメンを食べる前野健太、バイクで走る前野健太、

さながらこの時代の吟遊詩人は、

今のその時をきちんと織り込んで自分の声でしっかりと歌っていく。

画面にフェイドアウトがかかり、一瞬睡魔に襲われる。

はっとして気が付くと、でもそこには、たんたんと歌い続ける彼がいた。

自分の今を大切にしながら、前野健太が歌っている。

お勧め度は★★★ 歌にプラス★ シネマスコーレにて

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2011年2月24日 (木)

朝日新聞、『プカプカ』と恭蔵さん

朝日新聞、『プカプカ』と恭蔵さん

ずっと朝日新聞の読者である。熱心なほう。

この新聞で一番楽しみなのが土曜日の”be” on Saturday。

青色もいいが、赤色の方の「うたの旅人」だ。

この26日(土)は、「プカプカ 三重県志摩」。

これは期待と不安が半々、複雑だ。

福山雅治さんらもカバーしている1970年代の曲、と言われても。

担当記者は誰だろう。

伊藤千尋さんがいいが、先週「女ひとり」をやったばかりだ。

今から40年ぐらい前のこと、フォークが流行っていた。

しっかりはまっていた。

ディランⅡというバンドが好きだった。

他にも好きな人やバンドはたくさんあったが、彼らが一番身近だった。

大阪のバンドだが、西三河でよくコンサートライブをしていた。

大塚まさじとながいよう。

アルバム『きのうの思い出に別れをつげるんだもの』は

少しよそいきの雰囲気で作られたもの。

彼らも当然よかったが、アルバムで聞く印象深い曲は、

その前身のザ・ディラン、西岡恭蔵さんの作だった。

西岡さんは個人で『ディランにて』を出していた。

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サーカス、ピエロ、下町、祭りのあとというほろ苦い歌詞。

彼の代表曲が「プカプカ」。

分かりやすい歌詞でそのものズバリだから、かえって難しい。

「春一番」コンサートの彼も好きだ。

大阪天王寺野外で、彼を聞いたことがあった。

あの時、荒れに荒れてステージが占拠された。

福岡風太ほかスタッフがみな、腰にナイフで血走っていた。

歌い手はみな、消えたと思っていたら、西岡さんがいた。

思い切って、少し話しかけてみた。スタッフ以上に心配していた。

十数年後、岡崎の八曜舎のライブで彼に再会した。

”START”というCDアルバムの頃だ。

彼がまだ元気にうたっていたことに感謝しつつ、ライブの前に少し話す。

あの荒れた「春一番コンサート」のことを尋ねた。

フォークの連中が急に売れ出し、人気が出始めた。

それとともに春一番コンサートも一気にメジャーになった。

だから、歌い手を全国から集めなくても、地元大阪の歌い手を大切にしてくれ、

という抗議行動でもあったんだそうな。

「春一番」コンサートはもともと身内で楽しむ場だったんだから、と。

でその時、暴れていた連中は?

聞いてびっくりだった。

その後、あそこに出ていた誰よりもメジャーになった連中だった。

そんな、こんな話をした恭蔵さんだが、数年後、自死した。

それを知った日、まったく何もする気にはなれなかった。

さて、2月26日(土)朝日新聞は、何を書くのだろう。

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2010年10月21日 (木)

音楽『蔡健雅 Tanya』

音楽『蔡健雅 Tanya Chua』

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何かをしながらいつも背後に流している音楽。
この聞き方こそ見直すべきで、
真剣に音楽に対峙してこそ作り手に対する礼儀だとは思う。
とは言いつつ、長年しみついた癖は改まりそうにない。
ながら族だと時間を有効使用しているようで、
やっていること双方を半減以下に貶めているのだろう。

部屋にいる時、ずっと音楽を流している。
自分の身体に覚え込ませるほど繰り返し聞いている。
慣れで親しむようになった音楽のかずかず。
どんなに違和感があっても回数を重ねれば、多少は慣れる。
でも、数日間も耐えられない。
結果、取捨選択されていく。
何百枚とCD他の媒体があってもいつも選ばれるのはわずかなものだ。
できるだけ目先や気分を変えてみるのだが、
必ず戻っていくところがあるようだ。

港台音楽はそのひとつで、ひいきにしている。
リズムがきつくパンチがあるとしんどくなるのでバラードがいい。
声に力があり、歌に艶がある人がいい。
メロディーは一番重要な要素かも知れない。
歌詞というか詩で音楽を選ぶことはまず、ない。
言葉の意味が分からない外国の音楽だから当然だ。
日本のでもおそらく歌詞は聞こえていない。
聞き込んでいく内に、ある形をなしてわかってくるのだ。
すると、ずっと思い悩んでいる事柄にぶちあたる。
メロディーラインには限界があること。
数千年の人類の歴史上では、
すべてのメロディーラインは使い古されたはず、ということ。

にもかかわらず、今日も世界中で新曲が生まれている矛盾。

音楽家やミュージシャン、作曲家・歌手のみなさん
お疲れさまです。

ということは、表現方法がその違いを際立たせるのかな。

ようやく今日の本題。
港台音楽でも特によく聞いているのがこの人。

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蔡健雅 通称ターニャともタニアとも。
まぎらわしいことに、欧米人に同名で有名人がいる。

彼女は昔風に言うとシンガーソングライター。
最初は、作曲が主で他人に曲を提供していた。
あまり容姿に恵まれているとはいえず、
歌って踊ってギンギン華やかというのとは対極だが、
その味のある声質や歌力で歌手として出てきた。
日本ではあまり知られていないが、
アジア圏では最も優れている実力歌手のひとりだ。
台湾のテレビMTVでは必ず流れていた。
SONY BMGの『K情歌』という売れ筋を集めたお得なアルバムを聞いていると、
売れっ子アイドルさんとの力の差がはっきりしていて面白い。
お勧めのアルバムは『t・time』とか昨年の最新の(最初の写真)。

こんな歌い手さんが、彼女以外にももちろんいるわけで、
彼女たちに共通するものがなんとなく分かってきた。
その歌い手さんが誰で、それが何かはまたの機会に。

あくまで、自分の好みのことだからたいしたことではないが。

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2010年7月24日 (土)

映画『ソウルパワー』

映画『ソウルパワー』 監督・製作 ジェフリー・レヴィ=ヒント
 主演 モハメド・アリ、ジェームス・ブラウン、BBキング、
   ビル・ウィザース、ミリアム・マケバ、ファニアオールスターズ

”この映画(ライブ)を観ずして、
   死ぬなかれ! 
     ザイール’74、伝説の音楽祭”

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よかった、観ることができて。
ライブを映画館で観る、少しおかしいけど、
びんびんと熱気が伝わってきた。
映画だからライブとは違って、編集され、
舞台裏とか細かい部分も見られる。
そんなこともあったのか、と納得することも多い。

で、ボクシング”キンシャサの奇跡”は知っていたが、
このコンサートのことは知らなかった。
恥ずかしい限りである。

自分の年表(?)と照らし合わせて当時を振り返る。
となると、年寄りのたわごと、で失礼。

”誇りを持ってルーツ回帰へと目指したアフリカ系アメリカ人ミュージシャンと、
 解放運動のために戦い続けてきたアフリカン・ミュージシャンが
 同じステージに立った、歴史的な転換点。”

この言い方も当時を物語っている。
呼び方そのものが、歴史的な産物だから、差別的だった。
差別され、押しつけられたものは、拒絶・撤回し、言い直していく。
今に続く大事なことだが、手抜きをしないように。
油断したり、少しでも気を許すと敵は容赦しないから。

ところで、音楽のライブテープや伝説のコンサートというのが
映画になっている例も多い。
そんなのをいくつか見てきたのも含めての感想。

ロックにしろ、他のでも数十年前はそれをするだけで、すごかった。
音楽をする、ロックすることがひとつの主張だった。
だから、ライブで振り付けや過剰な飾りを入れるのは御法度。
そういう行為は、日本なら歌謡曲で、向こうならポップスがやること。
でも、ありがたがって聴くファンばかりではないのだから、
一応プロとしてステージに立てば、それ相応の演出は必要だ。

その点、ソウルやリズム&ブルースなど黒人系はサービス満点だ。
聴かせ、見せて、魅せるライブを心がけている。
同じことをやっていたのでは、白いのに負けてしまうから。
このコンサートでも、グループ系はショーとして際立っている。
スピナーズなんて見ていて楽しい。
これは、ウッドストックコンサートで、所謂伝説の人たち、
ジミヘンとかその他も確かにすごかったが、
ショーとして目立っていたのは、シャナナだった。
そしてその流れは現在、そんなの当然でしょう、になっている。

また、大事な試合前なのに、モハメド・アリはどうだ。
彼こそ、思想的とも政治的とも、アジテートが音楽になっている。
言うこと、やることに統一性があり、ホンモノのスターだった。

もう一つ、個人的にはミリアム・マケバ。
雑誌ミュージック・マガジンの関係者がまとめたアルバム、
Movin' on up, The Story of Afro-American Music,
From Africa to America, Spirituals,Blues&Boogie
の、最初を飾るのが彼女の「アフリカの子守唄」
本当に良かったなあ。
その人の実像が見られて、よかった。

お勧め度は ★★★★★  名古屋シネマテークにて

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2010年4月 3日 (土)

ニュージーランドのB&Bで聴けるなんて

オークランドからハミルトンまでは知った道。

ハミルトンもおてのものだったのに、目的のホテルが見つからない。

「地球の歩き方」の地図を参考にしたのが間違いだった。

目印となる案内所や警察署の位置がことごとく違っていた。

移転や移動していたのだ。

多分、ほとんどの人がその地図をあてにすることはないけど。

でもって、ハミルトンの次がニュープリマウスのB&B。

途中、鍾乳洞に入り、そして43号線という曲がりくねった名物道路を通る。

これがなんとも時間のかかる道で、しかも途中からずっと雨に降られた。

だから、期待していたこの山を見ることもなく到着が遅くなってしまった。

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タラナキ山、2518㍍。

映画「ラスト サムライ(最後武士)」で富士山の代役を務めた。

北島の西海岸に半円形に突き出した半島を束ねるのがこの山。

ニュープリマウスの町は西海岸沿いにある。

暗くなる前ぎりぎりに幸運にもB&Bに到着できた。

ここは、B&Bを始めてまだ間もないというか、経験が乏しいかった。

貸し出された部屋は30畳以上の居間、12畳ほどのリスニングルーム、

20畳ほどのベッドルーム、それに洗面だ。

広すぎるけど、使い勝手がまだあまり考えられてなかった。

まあ、そんなことはあまり気にならないからいいのだが。

こういう所には珍しくCDやレコードがたくさんあり、聴いてもよいとのこと。

この部屋の配置が、懐かしかった。

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正面がこれで、両側にスピーカー、当たり前といえば普通。

そして右側にこれ。

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最近、お亡くなりになった方のCDが立てかけてある。

普通だな、とぼんやり眺めていく。

マランツのアンプとCDプレーヤー、これも普通だ。

えっ、AKAIのヘッドフォン?

レコードプレーヤーに、たくさんのLP盤、わぁ。

まだ、聴いているのだ(失礼)。

なによりもびっくりしたのがミュージシャンたち。

BLUE NOTE JAZZがあり、シカゴブルースの蒼々たる面々が揃っている。

ニュージーランドのこの土地でブルースの真髄を聴く人がいる。

アート・ペッパーがあったのでかける。

一つだけ置かれた大きな革製のロッキングチェアーに座る。

これだこれ。音は小さくても壁全体からやさしくすんだ音が広がる。

久しく聴いたことのなかったステレオ・サウンド。

天気に恵まれなかった2日間。

夜はこの部屋でずっと聴いた。

ニール・ヤングとクレイジーホースもあった。

初期のアルバム3枚を束ねたCD、これが一番の「収穫」だった。

かれのとがった声は決して鋭いのではなくて、実にやさしいのだ。

ステレオを聴く。

こんな生活があるのだ。あったのだ。

ここにはボブ・ディランもあり、自分が昔、追い求めていたのがたくさんあった。

自分のそれらはほとんどがLP盤で、処分も再生もできずに放置している。

オープンリールだ、カセットだ。MDとかHDとか、どうでもいい。

そんな業界の都合に振り回されていた、ということか。

どこでも聞けるウォークマンとかi-PODとか。

それらは、便利なようで音楽の値打ちを下げたのかもしれないな。

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このB&Bから一歩出た所から仰ぎ見るタラナキ山。

はたしてあの多くのLP、CDはだれが集めたのか、聴いているのか。

少し顔を見せた主人は三十代だった。

本棚にあった写真にはアメ車好きのおじいさんが写っていた。

フォードのマスタングを得意気にいじっている。

車と音楽が趣味の彼、見かけなかったから・・・。

その開いた部屋を、息子または娘がB&Bにしたのかも。

そんなこんなのニュープリマウス。

いい波がおこるのでサーフィンの名所でもある。

海岸沿いには海を眺めるだけの立派な家が並ぶ。

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海岸沿いの散歩道。

ニュージーランド人にも運動依存症が多い。

それから、映画「ラスト サムライ」ロケ地的にはこれかな。

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この公園から天気が良ければ、こうなる。

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滞在した2日間、写真だけ見ると恵まれているようで実はそうではない。

特に、タラナキ山は下界が晴れていても嵐だったような。

だから、山歩きはなし。 なさけない。

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2009年11月18日 (水)

"start from here"王若琳 joanna wang

何か作業しながら、ずっと流している音楽。

その音楽や、音楽家には失礼なことと思いながら、あらためない。

だから、いつでもずっと音楽に浸っておれるような。

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これを書くにあたって少しネットで検索してみた。

あらあら、一杯ある。みなさん、同じように感じて紹介している。

なんだなんだ、その日付は1年以上前だ。

分かっている人には、何を今更でしょうね。それってよくわかる感覚。

なぜなら、この十月に次のアルバムが出ているけど、売れ行きがイマイチで・・・。

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この夏、国泰航空で長距離搭乗中、眠らずにやっていたこと。それは、港台音楽の試聴。アルバムがたくさんあった。今まで、当たりが多かったので、更なる新しいのを見つけたかった。新旧には全然こだわらない。初めて聞いたときが自分には新しいのだから。

名前は知っている人、聞いただけの人、その他。

どんどん聞いていく。いやだけど面接官みたいな感じ。アルバムを全曲きいている時間はない。適当に選択して、サビぐらいまでで飛ばしたり。

いくつかは心にぴんときて、あまり動かされないのは飛ばし、購入したい人のはしっかりとメモする。そんな楽しい作業を進めていた。確認で、これとこれをもう一度などとやっていたら、悲しい結論を得てしまった。

少しをのぞいて、どれもこれもみんな同じに聞こえてきてしまったのだ。ということは、業界の作り方、売り方が同じ路線ってことかな。

ここまで書いて、さてジョアンナ・ウォンはどうだったか。

はい、真っ先にカットしていた。なぜなら、聞いてすぐ、なんだこれ、完全に亜流、真似じゃん。港台では珍しくていいかも知れないが(なんか、ひどい言い方)、こんなの、港台らしくないので、やめ。

だったのに、日本へ帰る日、桃園の音楽専門店で購入した分だけでは物足りず、空港のショップで漁ったのだ。そこでもこれはというのがなくて、適当に取ってしまったのだ。

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なんだ、それ、じゃあ他のはよほど良かったのか、と問われると・・・。

ところで、ジョアンナ・ウォンについて何も書いていない。

恵まれた環境で育った感性のいい娘は、十二分にその境遇を活かしている。

それは順子やココ・リーにも共通している点、だから甘いっていえば甘いのかな。

上手くて、器用ともいえる。

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2009年11月17日 (火)

台北の街角で

それは2006年の年末に台北へ行ったときのことだと思う。

足を踏み入れた映画館にはこんな看板があった。

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ここへも行きたかった。永康街のあの店。年末は台湾でも寒いのに。

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その近くで街頭テレビに釘付けになり、階段で地階にある店に向かった。

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なぜか女優のコ・ソヨンがイメージキャラクターの「女子の香気」という韓国女性歌手のメニュー盤を入手したのが数年前。珍しさもあったが、聞き込んでいくとなかなか味のあるアルバムだった。ヤンパやチンジュという個性、アイドル性の高いピンクルやベイビーボックス、イ・スヨンやオム・ジョンファというベテラン。せつせつと歌うスローバラードは恨の国に最適なのかもしれない。Kポップスに興味を持った。

どんな音楽でも何度も聞いていると耳が慣れて親しみが持てるようになる。世は歌につれ歌は世につれというが、その歌がいつの時代の流行歌でも、初めて聞いた時がその歌と知り合う時で、自分にあうあわないもそこから始まる。韓流ドラマを見ていて背後に流れる歌がわかった時の楽しさは格別だった。

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台北の永康街にある氷屋でマンゴ氷柱を食べた後、多くの人が並んだ露店の上の街頭テレビに流れていたのは、屋外に設えられた会場で万丈の拍手を浴びるオペラ歌手の姿であった。男性歌手の声は会場いっぱいに響き渡り、聴衆は至福の時に酔っていた。歌手が次に歌い出したのが「ベサメムーチョ」。場違いな歌に、更なる拍手と手拍子で観衆は応えた。しばらくは見入ってしまった。ライブで音楽を楽しむのは当然というその欧米にあると思われる都会の文化水準の高さに嫉妬した。
ふと我に返り、地下へ行く狭い階段に気が付き、降りていくとそこは古本屋だった。雑然と積まれた一角には音楽ソフトがたくさんあった。上海や香港でみかける怪しい海賊版とは異なり、正規のものが豊富にある。貪るようにして見、探す。日本では見かけないジュリア・パンが複数ある。売れ筋のカレン・モクや、サミー・チェン、ケリー・チャンもたくさんある。ほとんど知らない漢字の、いっぱい並んだ美顔に目移りしながら少しだけ購入し、もうそれだけで満足する。
ホテルに戻ってテレビをつけると学校対抗歌合戦をやっていた。いっぱいの応援団の前で、学校代表の素人がのど自慢する。まあ上手い。専門家が点をつけ、評価する。この歌はどんな気持ちで歌うのか、だとするとこの歌詞はこうで、あなたの発声やイントネーションは間違っているから気持ちが伝わらない、などということを見本を示しつつ丁寧に厳しく言う。それを受けて素人は司会者ともども一喜一憂する。素人は感情過多に歌うし、応援団も必死なので、そのうち一緒に歌い出し、感極まって泣き出してしまう。その曲には特にみなさんの思い入れが強いらしい。

あれっ、「メイアイラブユー」って曲は聞いたことがある。

もしや「ハルハル」ではないか。韓国のターシャニーのヒット曲だ。

メンバーの一人が麻薬事件で逮捕されすぐに解散した。歌詞も変えられたその曲がどうして遠く離れたこの土地で今頃になってみんなを泣かせるのか。
後で調べると簡単なこと。台湾ではゼット・チャンという男性が歌ってヒットしたらしい。

売れそうな外国のヒット曲を歌詞を変えて取り上げるのはこの世界の常套で、業界は売り方(大衆の欲求の先)を究めているので、日本の歌もいっぱい取り上げられている。東アジアの発信源は港台(香港・台湾)で、順子(シュンツ)や李文(ココリー)は実力もあり個性豊かなようで実は、~なのでもある。好きだからどうでもいいけど。

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ところで、台北の街角テレビで滔々と「ベサメムーチョ」を歌っていた男性は誰か。

クリスマスコンサートライブだったのか、寒い欧州でそれが可能か。あの声が気になって仕方がなかった。

結局、分からずじまい。尋ねてもそんな断片からは誰も分からなかった。

時は過ぎ今、部屋にいるときにいつも聞いているのは、港台音楽である。

この1か月ぐらい、飽きることなく聞いているのは

王若琳(Joanna wang)の start from here。

最初は絶対に買うもんか、と思いながら間違えて購入してしまった曰く付きのもの。

そんなこんなの、続きはあした。 

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